2010/10
紛争解決にかかるコスト
南竹 要
今回は,法的紛争を解決するためにどういったコストがかかるのかを考えてみたいと思います。法的紛争が生じた状態というのは,これまで潜んでいた法的リスクが顕在化した状態といえます。
一端紛争が生じてしまうと,それを解決するためには,時間,費用,手間といったコストを掛けざるを得なくなってしまいます。
法的紛争となると,自分で処理することが困難な場合が多く,こうした場合に法律専門職としての弁護士が,当事者の代理人として依頼者の方の時間や手間といったコストを最小限にするために活動することになります。
もっとも,そもそも紛争解決コストを最小限にするためには,紛争となる前に法的リスクをきちんを把握し,処理しておくことが理想的です。紛争状態となる前に,法的リスクをきちんと把握して,うまく処理しておけば紛争に至らなかったりするわけです。
リスクの段階でうまく処理するとはどういうことをいうのでしょうか。抽象的にいえば,
ということになります。
身近な例として,人にお金を貸して分割払いで返して貰おうとする場合を考えてみます。貸主にとっては,貸したお金が返ってこないということが一番大きな法的リスクとなります。返ってこない原因としては,借主が「借りた覚えはない」「贈与だと認識している」「まだ返さなくてもいい時期ではないか」等主張する事態が想定されます。
そうした言い訳を許さないために,(贈与ではなく)金銭の消費貸借契約であることを明示した契約書を作成し,借主に署名・押印をもらい,条項の中に,弁済の方法や弁済期の定めをきちんと規定し,その他の条件も「書面化」しておくことで法的リスクを回避することができます。
このようにリスクを最小限にした上で,契約期間中は,きちんと返して貰うようにこのリスクを管理して(この場面では,道徳・倫理・信頼関係というより高位の規範・ルールを作用させるべきです),無事返金されるという契約の目的を達成することになります。
それでも戻ってこない場合には,訴訟するなどして回収するわけですが,訴訟で勝てるかどうかは「証拠」があってこそですので,「口頭での合意」よりも,「書面」を残しておくと後々有利に働きます。
いずれにせよ,何か財産的なやり取りをしたり,法律が絡みそうだと思った際には,書面化・署名・押印といったキーワードが重要となります。書面の中身がきちんと当事者の利益を守るものかどうかについては専門的判断も必要なことが多いので,書面を作成する際,あるいは,差し出された書面にサインする前に,弁護士へ気軽に事前相談することをお勧めします。
また,労使間の労働問題もよく問題となります。時間外手当の請求や,解雇の適法性等の問題は,雇用者の側からも被雇用者の側からも対立が先鋭化する傾向にあります。こうした問題でも,「口頭」でのやりとりが多く含まれ,事態が刻々と進んでいる際にきとんと記録をとっておいたり,書面で相手に意思を伝える等することが賢明です。事後的に裁判等になった場合には,これらの記録が証拠として大きな役割を果たすことになることになります。
最後に,抜いた刀をどこで収めるかということも根本的な紛争解決には重要なこととなります。民事訴訟においては,原則として,最終的には目的物や代替物のやりとりか,金銭のやりとりで紛争を解決します。精神的苦痛といった損害についても最終的には金銭に換算されてお金の問題で評価するのが原則ですので,不当な相手を土下座させたり,実際に屈服させたりはできないものです。また,自らの落ち度がある場合,裁判所からはその落ち度分を指摘されることもあります。
抜いた刀を収めるというのは,紛争に至ったという状態から,いかにして自分の傷口を小さくした状態で,相手から賠償なりを勝ち取るかということになります。弁護士は,この先突っ込んでいくと依頼者の方にどういうダメージが生じるかをきちんと説明するいわば案内人となるのです。その上で,自分のダメージが大きかろうが,その先にある真実を発見しに行くもよし(もちろん事案によっては,こちらに落ち度ななく,ダメージもないこともあります),傷口を最小にして今後同じようなことをしないための勉強代を少し払ったと考えて刀を収めるもよし,その選択は人それぞれです。