弁護士コラム

2024/12

ご近所付き合いの奨め

前田 八郎

 法律相談において回答に悩む相談の1つとして「相隣関係」,すなわち「ご近所トラブル」の問題があります。かかるご近所トラブルは多岐にわたります。民法に規定されている相隣関係の問題として,隣地の使用に関する問題,隣地の通行に関する問題,水(排水など)に関する問題,境界問題(塀の問題を含む),竹木の枝の切除及び根の切り取りに関する問題がありますが,これらの問題にとどまることはなく,近年,増えている問題として,騒音問題,振動問題,プライバシーをめぐる問題,ペットによる迷惑行為の問題などがあります。
 例えば,ニュースやワイドショーで大々的に取り上げられた事件として,今から約20年前である2005年のいわゆる「騒音おばさん事件」や,今年の「卵投げつけ事件」があります。あくまでインターネット上の情報になりますが,前者は,2002年11月2005年5月にかけて,隣人に対して,ラジカセで大音量の音楽を流す,大声で怒鳴りながら布団を叩く,車のクラクションを鳴らすなどの嫌がらせが続けられた事件になります。また,後者は,20023年11月から2024年8月までの約8カ月間,自宅から隣家の外壁に生卵を繰り返し投げつけるなどの嫌がらせが続けられた事件になります。これらの行為に対して,前者については1年8ヶ月の実刑判決が,後者については1年6ヶ月の実刑判決が言い渡されました。
 上記2つの事件は極めて特異な事件と言えますが,両者ほど特異ではなくても,大なり小なりご近所トラブルの相談を数多く受けます。
 ご近所トラブルの相談において回答に悩む1つの理由は,多くの事案において法律に明確な規定がなく,また,裁判実務上も当該侵害行為に違法性が認められるか否かの基準が明確でない点が挙げられます。例えば,騒音問題において,ある人にとって不快な音があれば,およそすべて違法として損害賠償や差止請求が認められることになれば,人間が共同で社会を構成して生活をすることはできません。そのため,裁判実務では,騒音問題の様な生活妨害の違法性の判断は,不利益を訴える人がいたとしてもすべて違法として判断するのではなく,一般生活上受忍すべき限度を超えているかどうかを判断して,その限度を超えた場合に違法とする,いわゆる「受忍限度論」に従って判断されています。そして,騒音が受忍限度にあるかどうかの基準として,侵害行為の態様,程度,被害の内容,程度,公法上の規則との関係,地域性,被害者の生活状況と侵害行為の関係,土地利用の先後関係(いわゆる「危険への接近」「先住性」)が挙げられます。この様な受忍限度の判断要素は,騒音問題だけでなく,振動,プライバシーをめぐる問題など多くの相隣関係の問題に当てはまります。判断方法としては,合理的だと思いますが,判断要素が多く,上記の要素に加えて,侵害するに至った背景事情も考慮しなければならないため,どうしても基準がケースバイケースになります。これが相談を受けた時に回答に苦労する理由の1つです。
 また,回答に悩むもう1つの問題は,仮に法的に正しい判断を示すことが出来る場合であっても,トラブルの当事者が「ご近所さん」であるため,正論が問題の抜本的な解決につながるかどうかがわからない点が挙げられます。
 例えば,お隣から何かしらの嫌がらせを受け,当該嫌がらせが違法行為といえる場合,法的には侵害者に対して損害賠償請求や差止請求が認められます。ただ,お隣同士の関係性は簡単に解消することができません。特に両者が不動産所有者であった場合には,解消することができない場合もあります。そして,法的に主張が認められた場合でも,両者の間にわだかまりが残れば,問題の抜本的な解決には至らず,最悪の場合さらに苛烈な嫌がらせを受ける危険があります。
 そのため,法的に正しい場合でも,それを相手方に対してどの様に主張するか,状況によっては主張しないという選択肢も残しつつ,相談者と主張するメリットと現実問題としてのデメリットを一緒に考えて最終的な判断をする様にしています。
 この様に,相隣関係の問題は,当事者が「ご近所さん」であるが故に大変気を遣う問題といえます。
 それでは,そもそもご近所トラブルが生じない様にどうすれば良いか。先に上げた2つの事件の記事によれば,両事件では,加害者の方も被害者から嫌がらせを受けていたと認識していた点と加害者が近隣住民との交流が少なく社会的に孤立していた点の2点で共通していました。想像するに,加害者にも被害者に対して何か不満があったところ,それを誰にも相談できずにいたため,不満が次第に大きくなり,自身を被害者と認識して隣人を攻撃する様になったといえます。逆に言えば,加害者が誰かに相談できていれば,それほど大きな問題にならなかったともいえます。
 ただ,孤立傾向にある人に対して他者への相談を期待することはハードルが高いといえます。そのため,当職としては,ご近所さんをできる限り孤立させないことが大事だと考えます。
 当職はこれまでの人生の大半を所謂団地で暮らしてきました。団地では,自治会の大掃除,夏祭りなどの準備への参加が半強制されますが,その分近所の方と顔見知りになり,近所にどの様な方が住んでいるかを把握できるようになります。そして,ゴミ出しのときなどに自然と挨拶をする様になります。その結果,ご近所さんの孤立を防ぐことができます。
 近年,ネットの普及などで「近所付き合い」が激減したことが問題とされています。確かに,近所付き合いが面倒な気持ちも分かりますが,近所付き合いはご近所トラブルの予防策といえます。皆様も,来年は是非,これまでよりも近所付き合いを重視してください。

 ちなみに,当職は,年明け早々に自治会の餅つき大会に参加する予定です。

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